重症心身障害児(者)を守る会の定期総会に再び参加して見えたこと
- 5月8日
- 読了時間: 5分
みなさん、こんにちは。MEGTAR開発担当の三上です。
昨年に引き続き、福岡県重症心身障害児(者)を守る会の定期総会に参加させていただきました。
前回の記事はこちら:
前回の記事では、会員の高齢化や若年層の参加の少なさといった「変化の兆し」について、主に観察をもとに書かせていただきました。
今回は2回目の参加ということもあり、より踏み込んで、少し構造的な視点から感じたことをまとめてみたいと思います。
変わっていなかったもの、むしろ鮮明になった課題
参加者は33名。昨年とほぼ同数です。
しかし、印象としては「維持されている」というよりも、「なんとか持ちこたえている」という表現の方が近いように感じました。
会場に集われた方々の多くは高齢のご夫婦であり、お子さんもすでに40歳以上になっているケースが多いように見受けられます。
この構造は昨年と変わっていません。
そして今回、よりはっきりと見えてきたのは、単なる高齢化ではなく、仕組みそのものの持続可能性に関わる問題でした。
無償で支えることの限界
総会では、運営に関わる費用の話が議題に上がりました。
・理事会に出席しても交通費や駐車場代が出ない
・会長の活動費を特定の家族会が負担している
・しかしその負担も限界に来ている
こうしたやり取りは、一見すると細かな運営の話のように見えます。しかし実態としては、もっと本質的な問題を示しているように感じました。
それは、
「善意と無償を前提とした運営が、すでに成立しなくなっている」
ということです。
実際、閉会後にお話しした在宅介護を続けている方も、30年以上ボランティアとして関わってこられた中で、「会長が無償で動き続けるのは無理がある」と率直に語られていました。
支えたいという気持ちはあっても、それを支える仕組みが追いついていない。
そのギャップが、運営のあちこちに表れているように感じました。
なぜ若い親は参加しないのか
前回も触れましたが、今回も若い世代の参加はほとんど見られませんでした。
この理由について、現場で聞いた話や観察をもとに考えると、単純な「認知不足」だけでは説明がつかないように思います。
むしろ、次のような構造的な要因の方が大きいのではないでしょうか。
参加すると役割や雑務が増える
時間的な負担が大きい
それに見合う情報や価値を感じにくい
実際に、声掛けをしても参加に至らないケースが多いという話もありました。
「孤立している」のではなく、「別の場所でつながっている」
一方で、若い世代の親御さんが完全に孤立しているかというと、必ずしもそうではないようです。
現在は、
身近な親同士でのLINEグループ
SNS(InstagramやFacebook)での発信・交流
オンラインコミュニティでの情報共有
といった形で、ゆるやかにつながっているケースが多いと考えられます。
つまり、
「つながりがなくなった」のではなく、「つながり方が変わった」のです。
しかしここには、別の課題もあります。
経験に依存し続けるケアの現実
閉会後にお話しした方から、痰の吸引について印象的な話を伺いました。
在宅移行時に方法は教わるものの、実際の現場では
どのタイミングで行うべきか
どの程度で判断するか
といった点に悩み続けるそうです。
そして最終的には、長年の経験の中で「コツ」をつかんでいく。
これは非常に重要な示唆だと感じました。
現在の仕組みでは、
知識が体系化されていない
経験が共有されにくい
判断が個人に依存している
という状態が続いています。
SNSでのつながりはあっても、それは断片的な情報交換にとどまりやすく、医療的な判断を支えるには十分とは言えません。
問題の本質 ― 仕組みがアップデートされていない
ここまでを踏まえると、問題の本質が見えてきます。
「支える仕組みが、時代の変化に追いついていない」
対面中心の運営
無償前提の活動
属人的な知識共有
これらは、かつては有効に機能していたはずです。しかし現在では、就労している親が増え、情報流通の形が変わり、医療的ケアの複雑性が増す中で同じ仕組みを維持すること自体が難しくなっています。
これから必要になるもの
では、何が必要になるのでしょうか。
私は大きく3つあると感じています。
1つ目は、つながり方の再設計です。
対面だけでなく、オンラインを前提としたハイブリッドな仕組みを取り入れていく必要があるでしょう。
2つ目は、持続可能な運営モデルです。
無償に依存しすぎず、必要に応じて経済的な仕組みを取り入れることです。継続的な活動である以上、お金の問題は避けては通れません。
そして3つ目が、判断を支えるための情報の可視化と構造化です。
MEGTARが担える役割
私たちが開発しているMEGTARは、単なる通知システムではなく、医療機器の状態を整理し、「いま何が起きているのか」を把握しやすくすることで、現場の判断を補助することを目的としています。
今回の総会で感じたことは、こうした「判断支援」の必要性が、医療機関だけでなく、在宅の現場にも確実に存在しているということでした。
経験や勘に頼らざるを得ない部分を、少しでも「見える形」にしていくこと。
それは、個々の負担を軽減するだけでなく、知識や経験を次の世代に引き継ぐためにも重要だと考えています。
新しい支え方の必要性
昨年の記事では、「変化の必要性」を感じた段階でした。
そして今回、その変化が進まないまま、仕組みの限界が現実の問題として表れていることを強く感じました。
「守る会」は、これまで多くの家族を支えてきた大切な存在です。
だからこそ、これからも続いていくためには、善意だけに依存しない、新しい支え方を模索していく必要があるのではないでしょうか。
微力ながら、技術という立場から、その一助となる方法を、現場と向き合いながら模索し続けていきたいと思います。
コメント